NO.53 壊れた時計 1
ジープのタイヤがスキル音を鳴らして つり橋の前で止まった。
つり橋の幅はジープが渡るには 明らかに狭い。
「これは 徒歩で渡るしかないでしょう。」
八戒の判断に リアシートの3人は頷いて、ナビの三蔵は不機嫌そうに降りた。
荷物をそれぞれが持つと 八戒はジープを元の姿に戻して肩に乗せた。
渓谷は それ程深くはなかったが つり橋から水面までは
10メートルほどあるだろうか、それよりも問題は そのつり橋の長さだった。
かなり長いつり橋は その上を歩く者の立てる振動が
波のように端に向かって伝わっていく。同じ歩幅とリズムで歩けばいいように感じるが、
それでは 揺れが大きくなって歩きにくい。
それどころか 橋によってはその揺れで 橋自体のバランスが崩れ
川へ落ちる可能性もある。
出来るだけ 振動を抑えて歩き渡るしかない。
5人は 橋へと足を進めた。
先頭が三蔵、その後ろに・悟空・八戒・悟浄の順で続いた。
揺れる橋の上で の身が落ち着かないのを気遣って、三蔵は後ろ手に手を差し出した。
「ありがとうございます。」
少し声が震えているが それでも気丈には礼を言って 三蔵の差し出した手に捕まった。
己の手の中に入ってきた 柔らかく細い手を黙って力強く握ってやる。
いつもなら 他の3人の前では仲間以上の親密さを見せることのない三蔵だが、
今回は特別らしい。
いつもなら そんな三蔵をからかうはずの悟浄もさすがに何も言わない。
もし からかって三蔵にここで撃たれたりしたら、逃げ場がないということもある。
自分でした想像に悟浄は思わずゴクリとつばを飲み込んだ。
高くて長いと言うだけで つり橋自体はしっかりとした造りで不安はない。
三蔵ももその点は心配していなかった。
だから出来るだけ足元を見ないように 橋の向こう側だけに注意を払って進んだ。
揺れてはいるものの橋は確かに足元に存在している。
・・・・はずだった・・・・・
不意にの足元に空洞が出来た。
それも両足もろとも・・・・・・三蔵とつないでいた手をは離そうとした。
巻き込みたくない・・・・とっさの行動。
三蔵のほうは その手を放すはずもなく力強く握りこんだ。
悟空はとっさの事に手を出すのが送れた。
目の前でと三蔵の2人の体が 落ちていくのを見るだけになった。
「「「三蔵、!」」」
2人を呼ぶ3人の声が渓谷に響いた。
幸い落ちた川には水位があって 三蔵ももどこにも怪我はなかった。
水面に浮かび上がると 三蔵とは岸によってあがった。
「大丈夫か?」
「はい、三蔵は?」
「あぁ、なんともねぇ。」
お互いに無事を確認しあって 胸をなでおろす。
だがまわりを見た2人は 愕然として声が出なかった。
落ちる前に居た場所ではなく、見覚えのない場所に来ていたのだった。
いや違う・・・・この場所には見覚えがあると2人は顔を見合わせた。
「三蔵、ここって金山寺のすぐ傍じゃないですか?」
川岸に視線を走らせながら 三蔵に尋ねた。
「あぁ、違いねぇな。」
「どうしましょう?
悟空たちが橋の上できっと心配していると思います。
だって 私達浮かんでこないんですから・・・・・。」
自分たちを追って飛び込みかねない悟空を思ってはため息を吐いた。
明らかにここは 金山寺のすぐ近くの川辺に違いなさそうだと、三蔵は確認した。
元に戻るために 今一度川に飛び込んでもいいが、きっと無駄だろうと三蔵は考える。
ただ 空間を越えてあの橋の場所から ここまで移動して来たのなら問題はない。
斜陽殿へ赴き 三仏神にでも願い出れば 何とかしてくれるだろう。
だが 空間だけでなく 時間までも移動していた場合、それでは厄介な事になる。
過去か未来のどちらだろうが、同じ空間で自分が2人存在しては
まずい事になるのではないか?と、いうのが 三蔵がまず考え付いた事だった。
過去なら 関係あるのは三蔵だけに限定されるだろうが、
ここが未来だったら も無関係と言うわけには行かないだろう。
この旅が終わった後の事は お互いはっきりとは口にした事はないが、
三蔵はを手放すつもりは微塵もない。
身分ゆえに公式には結婚など出来ないだろうが、
それは神と人ということでも状況は変わらない。
そんな事は三蔵には 瑣末な事なのだ。
死に逝くその時まで と共に生きると誓ったのだから、
それが公に認められようが 否定されようがかまわない。
どちらにしても この状況を判断しなければならないのではないか・・・と、思った。
だが あまりうろうろしても 問題が解決するとは思えない。
さて、どうしたものだろう・・・・・・・三蔵はのほうを見た。
も同じように考えていたのだろう、三蔵を見ている。
「困りましたね、三蔵。
どこに居るのか知りたいのに、知るためには危険を冒さなければなりません。
人には説明つかない事でしょうから、早く元に戻るためにも
ここは不本意でしょうがここは菩薩にでも頼みましょうか?
とりあえず 衣類は今乾かします。」はそう言って 2人の周りに暖かい風を起こし
濡れて張り付いていた衣類を乾かした。
自分の言葉に 三蔵の機嫌が一気に急降下するのを見て、
クスクスとはおかしそうに笑った。
これが悟浄や悟空なら 良くてハリセン 間が悪ければ撃たれる所なのだが、
さすがの三蔵も にはしわを寄せただけで済ます。
それしか道はないか・・・と、三蔵もあきらめかけた所へ 背中に覚えのない声で
しかも謂れのない言葉で呼び抱えられた。
「とうさま、かあさまとお散歩なんて ずる〜い。」
その声に振り返ってみれば、5歳ぐらいの女の子が1人 三蔵めがけて駆けて来る。
人違いではないかと その辺を見回すが『とうさま』と呼ばれるような男性は、
どう見ても三蔵しかいなかった。
その子は駆けて来て 三蔵の足にしがみついた。
「とうさま、私も一緒していい?」
可愛い顔は 愛しい女に似ているし、髪も黒く艶やかに光り輝いている。
瞳は 珍しい紫水晶で三蔵と同じだ。
困った三蔵は を見た。
もどうしていいのか分からないが 普段から人との接触が苦手な三蔵が
子供をうまく扱えるわけがない。
迷ったが このままでは誰かが来るといけないと思い、話しかけてみた。
「とうさまと かあさまは、御用に行かなければならないの。
あなたを連れて行くわけにはいかないのよ。
いい子だから お家で待っていて、誰かいるでしょ?」
の言葉に その子は更に三蔵の足にしがみついた。
その様子にため息を吐いたのは 他ならぬ三蔵だった。
子供を足から引き離し 抱き上げてやる。
腕の中の子供特有の甘い匂いと 小さく柔らかい身体の感触がくすぐったい。
子供が親を間違えるはずがない、すると 自分たちの本当の子供なのだろう。
普段 怖がられる事や逃げられる事はあっても
子供が自ら三蔵によってくる事は少ないのだ。
それに ここまで自分との外見的な特徴を兼ね備えた子供なら、
自分の子だと納得がいく。
すぐ間近にある少女の額に 自分と同じ紅い印があるのに三蔵は気付いた。
禁忌の子であるにもかかわらず 髪と額にその印が現れていないのは、
より神に近き存在として生まれてきたためだろう。
自分の地位と法力と神女であるなら その可能性も充分にあると三蔵は思った。
その子は慣れた様子で三蔵の首に手を回してつかまった。
と三蔵は顔を見合わせ頷いて 同じ考えに至った事を知る。
自分たちがいるここは 未来なのだと・・・・・
--------------------------------------------------------
